社畜とは

このサイトのテーマである、脱社畜について。

脱社畜コンシェルジュのハヤトです。

 

改めて、”社畜”という言葉について、調べてみました。

ウィキペディアより引用

「社畜(しゃちく)とは、主に日本で、企業に飼い慣らされてしまい
自分の意思と良心を放棄し奴隷(家畜)と化したサラリーマンの状態を揶揄したものである。
「会社+家畜」から来た造語で、会社人間、企業戦士などよりも、
皮肉が強く込められている言葉である。」

 

こうして、文章で読んでみると、いろいろ考えさせられる言葉ですね。

いろいろな意味でネガティブな印象を受けます。

まずは、会社+家畜という語源について。

 

私なりの解釈ですが、

家畜は、餌を食べて、肉なり卵なりを作るためだけに生まれていた動物です。

会社員は、会社が利益を出すためだけに、それぞれの役割を果たす人間です。

その対価として、給料が貰えます。

 

会社としての目的は、簡単に言えば利益を追求する。

以上です。

会社というものは、そういうものです。

社訓では、共存、共栄し、社会に貢献するとか、色々書いてあると思います。

しかし、利益を常に追求しなければ、会社は存続できないのです。

それが、経営者含め、社員が生きていく手段であり、目的です。

 

ここまで読んでくださり、何を思いましたか?

 

その通りだ。

ひどい。

勤めている会社はブラックだ。

私は企業戦士として頑張っている。

私は社畜かもしれない。

 

それぞれ、思いはあると思います。

 

”社畜”という言葉。

私は、この言葉は好きではありません。

しかし、本当にサラリーマンに対して皮肉を込めた言葉としては、

これ以上も、以下もないと思います。

私は、元サラリーマンです。

サラリーマンは、素晴らしい職業だと思っています。

ひとりではできないような大仕事を、今までの経験の蓄積と、

新しいアイデアと、協力し、助け合いが生み出す組織のチカラ。

世界一のビルやタワーを建てたり、人に誇れる職業です。

 

朝から晩まで働いて、徹夜して、時間外に勉強して、

やっと何とか人並みの生活ができる。

主体性を持っていても、惰性でなんとなく出社していても、

だいたい給料は同じ。

私は、不公平だと感じていました。

 

毎朝、早朝出勤して、誰もいない会社で掃除をして、

残業時間をできるだけ減らして、自分の時間を作れるように、

工夫しながら仕事をしてきました。

 

それは、自分の行動にポリシーを持って、

経営者のような感覚を持って、会社に愛着もあって、

そういう気持ちで仕事をするのが好きだったのだと思います。

 

ただし、会社は利益を出すことが全て。

事業の展開、手法のコントロールは、一社員には無関係です。

そのリスクを負わないからこそ、平均的な待遇を受けられるのでしょう。

惰性で給料も貰う人だけが社畜だとは思いません。

しかし、この先も、自分でコントロールをできず、

未来の給料が計算できてしまう会社に身を預けていて良いものか。

 

ちょっと違和感を感じながらも頑張っている貴方を含めて、

”社畜”と呼ばせて頂きます。

決して悪意はありません。

 

子供の頃の夢は何ですか?

今、好きなことを仕事にできたら幸せですか?

 

私は、仕事で体を壊してしまってから、真剣に考えました。

人間は体が資本です。

体調も、時間も、給料も、

自分でコントロールできたら幸せだと思いませんか?

残念ながら、いつ会社が倒産してもおかしくない時代になりました。

 

今、自分の走るレールをもう一度見つめ直している貴方へ。

このサイトが、貴方の道標となれば幸いです。

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